中国ビジネスについて
岩瀬コスファ(株)上海代表處 前首席代表 逸見 郁夫
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はじめに
弊社は、化粧品原料を中心とした化学品専門商社であり、日本では今年で創業70年を迎える化粧品原料業界のトップ企業である。私は1994年6月に中国の化粧品製造の中心地であった上海を初めて訪れた。驚いたことは、街中で全く日本語はおろか英語も通じないことであった。偶然、現在の上海事務所長である施家瑜と巡り合い、同年8月の再訪問の際通訳をしてもらえるようになった。滞在しているホテルの部屋から電話帳で化粧品会社を探し、片っ端から面談の申込みをしたのが昨日のことのようである。訪問当初は、化粧をしている女性をほとんど見かけなかったが、年を追う毎に口紅やアイシャドウを使用している女性が増えてきた。テレビ、雑誌などのマスメディアの影響が大きかったと思われる。施家瑜と化粧品会社訪問の行き帰りのタクシーの中で「あの子口紅塗っとるぞ」「もっと化粧しろ」などと大声で叫んでいたことを思い出す。
中国の化粧品産業の流れ
1994年当時は、計画経済時代で有力な日用化学品製造企業が上海地区にあったため、複数の国営大手化粧品会社がこの地区に存在した。計画経済下では指示通りの品目、個数を生産し、指定された納期までに納品すれば確実に売れていた。この頃から欧米や日本の外資系化粧品会社の中国での活動が活発になり、市場経済への移行も進んできた中で、多くの国営化粧品企業は経験豊な外資系企業との競争にさらされていくこととなる。
上海地区の国営企業の大半は、マーケティング・研究開発の能力と経験の大きな差異もあり経営不振に陥り、次第に一つの国営企業に統合されていった。シャンプーなどの量販市場ではこのような動きが代表的であるが、スキンケアを中心とする個人志向の強い市場では美白、紫外線対応や皮膚加齢防止等の個別の要求を満たした製品群を持っている個人経営企業が成長していった。これらの企業は、外資系大企業に比べ規模ははるかに小さいものの、安定した自社の市場を作りつつある。最近では中国南方の広東省を中心に、上海を含む華東地区やその他の地区に個人経営化粧品企業の活躍が目立ってきている。
この国では一般的に正確な統計数字を把握できないが、国の軽工業部や一部の新聞の発表を参考にすると、1994年度の化粧品産業の販売金額が約90億元(1元=約15円)だったのに対し、2000年度は約350億元となっており国家GDPの成長率と比較しても大きな伸びを示している。
中国での事務所展開
定期的に出張を繰り返していたある日、上海に拠点を設置したいと会社に申し出たところ、現代表取締役である岩瀬健治が以前シンガポールを訪問した際に訪れたIBOの共同事務所を利用したらどうかと言われた。1996年5月、IBO上海共同事務所(当時、上海聯誼大厦内)の利用を開始した。2坪程度の事務所に机とファックス兼用電話一つで施家瑜に常駐してもらい、私が2カ月に1回(10日〜2週間)出張するという形で事務所を訪問し、華東地区を中心に現地化粧品会社の研究所を訪問して回った。そして、1998年2月に事務所登記を行った。その後1998年9月に広東省広州市、1999年7月に北京に事務所登記をし、中国内で3カ所の連絡拠点を設けることができた。また今年2月には香港で現地法人の運営も開始した。
弊社の中国ビジネス
IBO上海の共同事務所からスタートした中国ビジネスは当初「中国から何か良いものを日本に持ってきたい」という考えから始まった。しかし弊社の取扱の中心である精密化学品や皮膚外用剤用天然抽出物などで日本の使用基準を満足する製品を見つけ出すことは難題であった。そのため最近までは化粧品原料の輸出一辺倒だった。
中国の企業に物品を購入してもらうことには、想像以上の困難が付きまとった。彼らの一般的な考え方では、買う側が圧倒的に強い立場であることが多く、無理難題を押し付けてくる。弊社が作成した売買契約書の「納期や決済条件」といった項目を勝手に訂正印を捺印して自社に都合の良いように変更をしたりする。商談中にオファーした価格が気に入らないと大声で怒鳴ったり、通常の国際取引では考えられないような経験が多々あった。無理な要求には丁寧に理由を説明し、特に研究開発部門に対しては技術協力やサンプル提供など誠心誠意対応してきたので、中国の化粧品企業に対する信用は高いものとなっていると確信している。最近になって中国の精密化学品企業や化粧品容器企業の技術が進歩し、化粧品産業で世界に通用する“Made
in
China”を見つけることができ、弊社が買い側に立つことがある。この場合、彼らは“熱烈歓迎”で応対する。WTOに加盟間近の中国の各企業は外貨獲得に熱心といえる。
大きな中国
私自身中国への出張を繰り返し、慣れてくるまでこの国の広大さに気づかないことが多かったと思う。極端に言うと、車で高速道路を2時間程度走ると違う言葉を話している多民族国家なのである。人口の大半は漢民族で占められているが、この漢民族でさえ地域が変わるとお互いに理解できない言語を日常生活で使用している。当然食生活や文化も異なるものを持っている。最近は中央政府の指導のもと全土で教育は普通語(北京語に非常に近い)で行われているため、地方の若い人達は普通語を話している。この言葉が全国を結ぶ唯一の絆であると思われる。この国はともかく大きい、国内出張でも2時間飛行機に乗って移動するのが当たり前で、車で2時間の移動であれ
ば近い場所と表現をする。歩いて30分であれば「近所」と当たり前のように言う。
今後の中国戦略
現地社員の努力の結果、化粧品原料の販売に関しては客先との関係も安定してきており信頼関係の構築が進んでいる。今後、欧米の原料供給企業と一層の競争激化が予想されるため、日本独自、当社独自の“オンリーワン”の素材を探求し、注力して現地の各社の研究所へ紹介していきたい。一方、中国で開発生産されている優秀な素材を積極的に見出し、日本国内の弊社の客先へ紹介販売を行っていく。現在弊社の中国現地社員の総数が5名でマンパワー的に限られているため、より一層効率的な営業を目指していく。
IBOと弊社
一般的に日本企業の多くは、香港を中国への最初のビジネス拠点としているが、弊社は上海からスタートした。前述したように、その後広州、北京に事務所を設け、香港で現地法人の運営を開始した。これは弊社が化粧品原料が主力の開発型商社であり、開発現場である化粧品企業の研究所への素材の紹介が重要な業務のひとつであり、顧客の研究員のフォローを最重要視する業務上の理由から起因したからかもしれない。
当時中国の化粧品産業の中心であった上海で、IBOにお世話になったことがその後の弊社の中国商売に役立ったことはいうまでもない。さまざまな場面で私達が事務所運営に関して判断の基準に迷った時、経験豊かなIBOの駐在員が適切なアドバイスを与えてくれた。弊社の中国ビジネスは優秀な現地社員達の努力とともにIBO上海に共同事務所を利用したことで成り立ってきたといっても過言ではないと感じている。
(岩瀬コスファ(株)上海代表處 前首席代表 逸見 郁夫) |
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