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浙江省義烏(イウ)市
〜中国で名高い日用品卸売市場の街〜
上海事務所 次長 町原 豊和

 5月15日、16日の2日間、駐上海自治体事務所職員及び民間企業駐在員で構成する経済視察訪問団の一員として、浙江省義烏市を訪問した。
 上海駅から義烏駅まで快速列車で約4時間半、飛行機便なら虹橋空港から義烏空港まで約1時間、義烏市は浙江省の中部に位置し23の郷鎮を有する、面積1,103hの都市である。
 義烏市に到着した訪問団を迎えてくれた義烏市対外貿易経済合作局の李興栄副局長から、義烏市は沿海部から遠く離れ交通が不便で、エネルギー資源も乏しく、一面田畑が広がり、とても商業発展の条件がない状況の中で、なぜ市場の街として発達し現在に至ったか、について説明を受けた。義烏市内の企業は、私営企業が多数を占める。また、多くの地元商業者が農民出身である。「中国小商品城」は1978年改革開放路線決定後の、1982年に創設された。だが1980年代以前から、義烏の農民にはすでに商業意識が芽生えていたと考える。農閑期、義烏の農民たちは、砂糖や羽毛を物々交換する習慣が盛んであった。消費ニーズのある品物を発見し、勤勉に働き、商品として販売すれば利益を得られるという感覚を、義烏の農民は早くから身につけていた。1970年代、農民出身の当時の義烏市政府書記は、こうした農民の考えを支援しようと、商業活動を重要視し、その方策を模索していた。1980年代初期、義烏市は「商業振興による都市建設」をスローガンに掲げた。現在まで約20年の間、よりよい商品を販売しようと義烏の商業者が事業転換し、流通を拡充してきたサイクルは4年に一度のペース、5代に渡るのではないか。
 最近の人口調査によると、義烏市の常住人口は約96万で、戸籍人口は約66万。つまり市外からの移住人口が約30万になる。彼らの多くは、義烏市内の私営企業で労働している。
 義烏市内に常駐する国外のバイヤーは約1,000人、最も多いのは韓国で約400人である。中東、東南アジア、パキスタン、台湾がそれに続く。彼らの多くは義烏市内のホテル(上記の銀都飯店の外、義烏市には商城賓館、華豊賓館、錦江酒店、華都大酒店などのホテルがある)に駐在する。日本のバイヤーは、他国に比べ少数である。義烏市内には韓国系の料理店やカラオケ店がある。
 本年10月22日から26日まで、市内に新設される「中国小商品城会展中心(中国日用品都市展示センター)」を会場として、「第7回中国小商品博覧会」が開催される。昨年の第6回博覧会では、展示面積33,000m
2、約1,300件の出展があった。会期中の参加バイヤー約120万人、海外25カ国からも出展があり、会期中の成約額39億元(1元=約15円)の実績を残した。本博覧会の主催者は、浙江省人民政府・中国国際貿易促進委員会・中国軽工業連合会・中国商業連合会の4者で、中華全国工商業連合会・国家工商行政管理局・香港貿易発展局・マカオ貿易投資促進局・大韓貿易振興公社の協賛を得、義烏市人民政府が請け負うものである。日本の皆様の参加を歓迎する。
 義烏市は特にここ数年の市場発展がめざましく、「中国総合実力百強県市」や「浙江省唯一の全国総合改革試験都市」に指定され、10の専門市場、30の商店街を有する。また市場分野別では、工芸装飾品、ニット靴下、ファスナー、シャツ、羊毛紡績、釘・ネジ等の金物類、玩具、印刷製品の取引が盛んである。

中国小商品城について
 義烏市の中国小商品城(以下「小商品城」)は総面積50万m
2、2万7,000余りの商店を有する大規模な卸売市場である。8万以上の日用品が扱われ、従業員7万人余り、一日あたり約15万人が取引を行う。商品の1日あたり取引量が約3,000トン、2,000年成約額は約200億元。一年あたりの成約額は、ここ10年連続、中国全土の商業市場の中でもトップクラスである。国内では蘭州、成安、太原、宝鶏、大同、徐州、さらに国外ではタイの市場と商品配送関係を持ち、品数の多さと廉価さが、国内外のバイヤーを引き付ける要素となっている。
 義烏市の2000年国内総生産総額は119億元であるが、この小商品城こそが、義烏の経済発展を支えている商業基盤の象徴である。小商品城は、「篁園(こうえん)市場」「賓王(ひんおう)市場」「針紡(しんぼう)市場」の3つが主要市場である。訪問団は、このうち「針紡市場」、続いて「篁園市場」を視察した。
 朝8時頃、銀都飯店からバスで「針紡市場」に向かう間、車窓から商店街が数キロ続く様子を眺めていたが、商業の街にふさわしく、飲食、卸売、小売のどの商店も開店しており、顧客を待っている状態である。小商品城は朝7時半からオープンしていると聞く。「針紡市場」は面積2万7,000m
2、中国内最大規模の靴下市場として名を轟かせている。靴下は「浪莎」「夢」ブランドが中国では特に有名である。「針紡市場」は「浪莎」のような75の商店の他、市場中央部に約2,000ブースがずらりと並んだ露店街がある。各々の露店では、市工商管理局や税務局の許可証が掲げられており、多種多様な靴下が木机の上に並べられたり、金網に吊るされている。膨大な数の女性用ストッキングや紳士靴下、子供用の漫画の刺繍が施された靴下等を一点一点見ながら、「何足購入することが可能か?」「一足あたりいくらか?」「どのような品質、特徴があるのか?」と露店の主人に質問していくと、まるで靴下商人にでもなったような気分になる。
 その後、訪問団は、「篁園市場」へバスで移動した。この「篁園市場」は、「針紡市場」の数倍の規模はあると思われる、3階建てのビル状の市場である。市場前にはバイヤーの商品搬送用自転車やオートバイが所狭しと駐輪している。市場の中に入れば「偽物・劣悪商品や違法行為は厳重に処罰する」と書かれた赤い横断幕が掲げられ、「2000年度の義烏市当局が取り調べた違法案件は2,129件、罰金総額1,204万元、公安機関が刑事責任を追及した件数が23である。我々は合法的に経営を行い、信 用力を培い、市場を健全に発展させることで、繁栄に貢献することを希望する」と書かれた義烏市工商行政管理局名の立て看板に、多くの人が足を止めていた。
 筆者は約2時間、切ったスイカを皿に載せて売り歩く女性がいる中、アイスクリームの販売コーナーが点在している、蒸し暑い市場ビル内の商品ブースを一軒一軒回ってみたが、その品数・種類の多さに圧倒された。皮製ベルト、靴、鞄、造花、文具、玩具、傘、装飾品、木製工芸品、金物、ネジ、運動服、水着、下着、帽子、ネクタイ、薬品、化粧品、プラスチック製品、ゴム製品等…。訪問団メンバーの何人かは、「篁園市場」から少し離れた眼鏡卸市場に足を運んでいた。視察はできなかったが、市内には副食品市場もある。小商品城を回りきるには、数日間は必要と思われる。

義烏市内の私営企業について
 訪問団の最後の行程は、義烏市内私営企業3カ所の視察であった。広々とした道路を走る移動中のバスの車窓からは、婦人・小児病院、遊園地、テレビ局、体育館、保健センター等が見え、義烏市のインフラ整備が進んでいる印象をもった。
 最初に訪問した「浙江華鴻工芸品有限公司」は、金属製、木製の絵画の額等を製造している企業で、同社の社員の70%は、義烏市外からの社員である。広州の工場で製造して、日本、韓国、欧州へも輸出を行っている。
 次に訪問したのは「浙江康仕成文具礼品有限公司」で、アルバム、名刺入れ、写真ケース、手帳等を製造している。1988年にプラスチック製品の小規模工場から出発、開業したが、1992年に香港などの文具市場で需要が生じ出したのを機に、文具の製造をメインにするようになり、翌年から外国との取引も始めた。2000年には、同社の出荷額の約80%は、欧州やアメリカを主要な取引先とする外国向けになっている。原材料は、安価で品質の良い韓国製を使っている。従業員数は250人で、給料は生産能率を考慮しているので、1,200元の月給を得る従業員もいるが、平均は約700元である。最近の生産高は、25%の伸びを示している。同社の社長は、「義烏は私営企業の街です。義烏の85%の税収は、国営ではなく私営企業からのものです」と語った。
 最後に訪問したのは、装飾品を製造する「浙江新光飾品有限公司」である。「配合室」では、何十人もの女性職員がスピードと正確さを競いながら、装飾品を組み合わせている。
 中国の装飾品市場は主に3カ所である。香港市場の影響を受けている広州、韓国市場に目を向けている青島、そして義烏である。義烏には1,300の装飾公司があり、生産能力、規模等は中国で最大級である。同社は3万m
2の敷地に、建築面積4 万8,000m2の工場を有し、従業員数1,600人、うち8%は装飾品設計デザイナーである。1995年に創業、2000年は1,200万個の製品を製造し、うち30〜35%を欧州やアメリカを中心に輸出している。ブローチ、ブレスレット、腕輪、イヤリングなど、装飾品の種類は7万種に及ぶ。本年は外国輸出を50%に伸ばし、アメリカやフランスに子会社をつくる計画がある。原材料は、オーストリアやチェコから輸入している。取引方法は、バイヤーが直接本社に価格交渉に来るケース、駐在員が交渉に来るケース、香港の貿易企業を通すケース、そして外国の貿易企業を通すケースの4つのパターンがあると言う。

 「勤を以って商を興し、小をもって大を創り、誠信を富に致し、敢えて人に先んじることを為す」ことを小商品城の活動精神とする浙江省義烏市を訪問して、筆者は同地のビジネスに対する進取の精神を大いに感じさせられた。

(上海事務所 次長 町原 豊和)