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IBOニュース 平成12年6月

浦東開発10周年の現状と未来

上海事務所  所長  草薙勝之

   1990418日、中国政府が上海浦東地区の開発を宣言して以来10年を迎えた。本年418日に開催された浦東開発10周年を祝う式典をはじめ、10周年前後の期間に、施設・道路のオープンや会議開催などイベントが集中的な開催され、政府、報道、市民が一体となり、盛り上がりを見せた。IBOとしても、1992年に他団体に先駆けて浦東研究会を設置しており感慨深いものがある。

  浦東開発とは、旧市街地(浦西)の黄浦江対岸部に残されていた未開発地(浦東)を開発・開放し、深圳などの経済特区を上回る外資誘導政策を採用しながら、上海を国際的な経済・金融・貿易のセンターとして築き上げ、長江(揚子江)沿岸都市の発展を促進するために推進されてきた国家プロジェクトである。新空港、橋・トンネル、道路網(総延長距離1000km)、地下鉄、港湾、電気・ガス、上下水道、テレポートなどインフラ整備に2853.75億元(1元=約13)を投じており、今後もその整備を進める予定である。開発を先導するための重点開発ゾーンを整備しており、@陸家嘴金融貿易区(金融・貿易・商業)A外高橋保税区(総合的国際自由貿易区)B金橋輸出加工区(ハイテク・ニューテク関連製造業)C張江ハイテク・パーク(バイオ・医薬品、情報産業の生産・研究開発拠点)−の4つの地区がある。外資の投資は、199912月末で、69カ国から5942件で、投資総額294.43億ドル、1000万ドル以上の大型投資は約400件となった。

浦東新区(行政区)の面積は522ku(上海市全体の8.3%、以下同じ)、人口は153万人(8.3%)である。区内総生産額は1990年の60.21億元から800.5億元(1999年末)に増加し、年間成長率は21.3%(上海市10.2%、全国7.1%)、全市に占める割合は8.1%から19.8%となった。産業別にみると、第三次産業の占める割合が20.1%から44.1%へと急速に増加していることが特徴的で、中国の「龍の頭」として、多国籍企業のアジア太平洋地域における地域代表本部の集積を目指してはいるものの、現在25企業に過ぎず香港の700、フィリピンの250に及ばないのが悩みである。

本年秋ともいわれるWTO加盟や来年秋のAPEC国際会議のホスト都市として「国際的な経済基準の先導的採用」が求められるとともに、中央政府の財政支出が西南部開発へ重点化するなかで、現行の浦東地区の優遇政策にも変更が余儀なくされることが予想されている。今後、浦東は「イメージ戦略から実質的な都市魅力を築く」ことに努力することになるであろう。


IBOニュース 平成12年11月

自己紹介

 海林

 馬海林と申します。7月大阪国際振興協会上海代表処に入ったばかりで、仕事のこと一から勉強中です。

 日本語と付き合ってからもう14年になりました。私は90年上海外国語大学日本語学部を卒業して、通訳の仕事を3年間やりました。仕事の中、日本人とたくさん出会って、日本に関してもいろいろわかるようになりました。その後、いいチャンスに恵まれて、名古屋大学へ留学に行きました。日本文化などの研修をして、日本への興味が増え、日本語だけでなく日本社会、日本人についてもっと勉強しようと思うようになりました。

 この考えを持って、95年4月名古屋大学大学院人間情報学研究科社会情報学専攻に進学しました。各分野の先生が揃ったこの新しい大学院で、人間と情報という二つのキーワードを軸に、経済学、社会学、歴史学、哲学などを勉強しました。

 終了後、愛知県豊田市にある特殊工具メーカ富士精工鰍ノ入社して2年間半ぐらい働きました。海外事業部に配属され、中国にある合弁会社との貿易そして海外子会社の財務管理の仕事を担当しました。勉強と仕事を通じて、日本と現代社会の理解が深まりました。

 大学院の専攻を生かすことのできる情報関連の仕事をしたいので、IBO上海事務所に入りました。事務所は小さいですが、いろいろな情報が毎日集まってきます。情報の海の中から、役に立つものを探し出して整理整頓するのは、大変なことですが、楽しいところもいっぱいあります。また、情報を待つことばかりではなく、自ら経済開発区へ足を運んで生の情報を収集することも大事だと考えています。上海及びその周辺の経済情報を中心に、情報の収集分析を進め、中国へ進出を計画している企業へ助言できるアドバイザーを目指して頑張ります。

 よろしくお願い致します。


IBOニュース  平成1211月号(No.)  

上海事情〜生活編

上海事務所 次長 堅田 進一

一時帰国で大阪に戻ってみると今年は上海より暑い、と感じた。すでに朝夕は爽やかな涼風が吹いている上海ではこれから一年で一番いい時期を迎える。
中国で最も豊かな都市の一つに挙げられるここ上海では、休日になると人々はショッピングやレジャーに興じるようになった。NHKでも報じられているように街には最新流行のファッションで着飾った若い女性が闊歩する上海。立ち並ぶ高層マンションで上海の人々は毎日、夫婦そろってたくさんの中華料理を作り、招興酒で乾杯し、大型テレビを前にしてリビングで一家団欒をとっている…。そんなイメージを持つ人も多いだろう(招興酒は一部の地域を除き、あまり飲まれていない。日本人の誤解である)。
しかしその分、昔を懐かしむ人は、その姿を中国らしさが失われた、と嘆く声も少なくない。ところが自分の足で上海の街、特に豫園や浦東のあたりを歩くといやいやまだある、たくさん上海らしさが残っているのだ。

上海の1日

中国の朝は早い。7時には出勤する人々に混じって家の前で机を出して朝食を取っている人もいる。路上で椅子に腰掛け、居眠りをする老人は昨晩、よく眠れなかったのだろうか。パジャマ姿でトランプやマージャンをしているグループは、夜勤明けか非番か?戦況を覗きたくなる。テントを張り、歩道に簡単なテーブルと椅子を備えて油条(揚げパンの一種)や饅頭を用意して出勤途上に食べる人々に振舞っている店は朝から忙しそうだ。
上海の住宅事情は随分良くなって、1999年の調べでは一人当たりの居住面積として10.2uを許可されるようである。大抵が3人家族のため30.6u(10.2u×3人)の面積までを市が用意してくれるが、実際はまだその基準に達していないところも多く存在している。狭いので、部屋の中にいるよりも外の方がずっと涼しいし、開放感を味わえる。 

昼は長い。11時半頃から昼ご飯の準備が始まる。だがよく見ると食事の量はそんなに多くない。日本にある仕出屋の弁当と変わらないようである。大食漢に見える中国の人々は日常、意外にもさっと昼を済ませる。外ではスプーンと鋼製の皿を持って移動惣菜屋さんを取り囲む人の姿を多く見ることができ、また子供達も学校から一旦食事に帰ってくるので街はまた、にぎやかである。終わると始業の1時頃まで昼寝をする。外でも芝生や簡易ベッドなどに寝転んでの休息。時間が来て、暫し放心状態、やっと1時半頃から本格的に再始動、となる。

夕方の退勤時間は早い人なら4時半。朝が早い分、終わる時間も早い。そのためレストランも5時頃から客が入り始め、6時にはほぼ満席となる。街では朝同様、歩道にテーブル、椅子やコンロなどを持ち出し、近所の人も加わって団欒が広がる。準備の間のひと時を夕涼みしてくつろぐ人、食器を運ぶ子ども、近所を散歩する老人など、街は多種多様の人で真ににぎやかである。路上では勤め帰りの人を目当てに、古着(新しいのかな?)を広げて商売する人、簡単な台を置いて夕刊を売る少女、さらに羊の肉の串焼きを売るイスラム系の人がせわしなく串を返していたり、お好み焼きのようなものを売っている人がいたりして歩道は歩きにくいがこれはまだ序の口。中古の冷蔵庫や洗濯機を並べて売っている店なんかがあるともう車道を歩くしかない。
この中古電器屋では商談が成立すると店員が客が乗ってきた自転車の側面に買った品物を実にうまく括り付けてくれる。客はその帰り道、片方の重量に匹敵する分を自分の身体を反対に目一杯倒して自転車を操縦(?)する。こうなると曲芸である。最初にこの光景を目撃したときは我が眼を疑った。お見事!しかしそうまでしなくても…、との思いが頭に浮かぶが、新品の冷蔵庫は安くてもスーパーで1,500元(1元=13円)、上海の平均月収約1,200元余りではかなり割高であろう。背に腹はかえられぬ。

珍しい商売
バス停の傍では早くて安いことを売り物にしているバイクタクシー(もちろん非合法)が数台たむろしている。これも珍しい商売であるが、もう一つ、交差点付近に空気入れを立てて座っている人、つまり自転車の空気入れ屋さんがいる。なにせ空気入れ以外は何もないのだ。いくらか?と聞くと一回2角、日本円で3円弱。この程度なら払う方が面倒な気もするが、チリも積もれば、の例えも生きてくる。普通はパンクも直す修理屋さんが多いが、時々こういうわかりやすい商売も見かける。パンク修理は1元。自転車が多い国らしい光景であるが住宅地が密集する所のお馴染みの光景。実に活気に溢れ、たくましい限りである。

郊外で暮らす
今も上海市内では人口密度6万人という超過密地区がある(大阪府は約4千人)が、上海市の都市計画では、2015年までに市内の旧市街住居地域を内環状線の外側に移転させ、一人当たりの居住面積を16.7uまで拡大し、新たに約187万戸の住宅を建設するという。そのため人々はより快適な暮らしを求めて郊外へ引越し、徐々にこのような光景も少なくなってきた。最近の調査によると、ここ10年で150万人の人々が郊外へ移転したといわれている。
通勤途上、いつもの街を通っているとある一角の片方が完全に取り壊されていた…。え?いつの間に…。ここもしばらくすると鮮やかな彩りの高層マンションが立つのだろう。緑を取り入れ、小さな公園と遊歩道を整備し、コンビニを設置した閑静な新興住宅街に生まれ変わる。路上で楽しそうにおしゃべりをしていたおばさんやマージャンをしていたおじさん、麺をうまそうにすする青年、白黒テレビを観ていた小姐、安楽椅子で涼を取るおじいさん、団扇で扇ぎながら通りを眺めていたおばあさん、半ば裸で走り回っていた少年、入口に腰掛けて宿題をしていた少女…。彼らの姿は、ここにはもうない。