今回は新年に相応しく、人生の門出を祝う結婚の話。
ここ上海では一年中、とまではいかないものの街ではウエディングドレスとタキシードを身にまとった結婚したばかりのカップルをよく見かける。日本の感覚では、「たった今、式を挙げ披露宴会場へ堂々の入場−」などの光景をホテルをはじめ婚礼会場で見かけるのがせいぜいだろう。ところが上海ではこういった場面ではもちろんのこと、他にも美容院のガラス越しに、また街角の貸衣装屋の店先でも見かけるし、さらに街の歩道や公園などでも直接目にすることができる。やはり新郎より新婦のほうが目を引くのだが、このように容易に一般大衆の目に触れるのも日本と中国の感覚の違いだと思う。
上海市内の繁華街、淮海路。外灘から伸びる南京路も上海の有名な通りだが、ここは現代上海人が最も好むメインストリートである。この通りにはウエディングドレスを扱う店舗が12〜13軒も存在する。その中の1軒が後発でこの営業戦線に参加した日系企業のワタベウエディング。ここで色々な話を聞き、撮影スタジオも見せてもらった。
上海では今、晴れて結ばれたカップルはその記念に二人だけの写真を撮り、豪華なアルバムにして保存しておくことが一般的なようである。そのためワタベでも貸衣装や美容、着付けだけでなくドレス製作、写真撮影などを含め婚礼に関する総合アドバイザーとしてその業務範囲を広げている。結婚するカップルにとって一番力点を置くのがこのアルバム製作になる。アルバムは20枚ほどの厚いもの。衣装も女性ならウエディングドレスから始まって、イブニングドレス、チャイナドレス、フォーマル等々、日本の和服も人気が高い。彼女たちは華麗に変身し、少し濃いめの、立体感を強調した化粧をされて5
つあるスタジオでそれぞれセットが組んである舞台に登場する。男性も負けじと燕尾服、タキシードに身を包み、ボウタイにシルクハット、ステッキを片手にポーズをとる。紋付袴に扇子といった出で立ちにもなる。ディレクターもその都度二人のポーズを指示し、プロの写真家が1枚1枚を丁寧に「彼女、視線を斜め下に…、そう!男性は少し微笑んで…、もう少し寄り添って彼女の肩に軽く手を置いて…、ハイ、いきます!」−できるだけ印象に残るワンカットに仕上 げていく。しかしながらそのポーズはとても個性的で結婚の記念写真の域を越えているようにも感じる。まるでメロドラマ(表現が古いなあ)の1シーンを連想するポーズである。見ているほうが恥ずかしいのだが、やっているほうは意外に平然としている。まあ一生の記念だから意気込みが違うのかな?その数はカラー、モノクロ合わせてざっと50数枚。この中からお熱い二人が気に入ったカットを選んでいくのだが、写真技術を駆使したカットはそれぞれが有名俳優のポスターに十分なり得る。現にサンプルを見せてもらった時、プロのモデルさんを使っているのか、と尋ねたがモデルになっていたのは店にいる普通の女性だった。
このような傾向はだんだんエスカレートしており、今では公園など眺望の優れたところで青空のもと、トレンディドラマの撮影のように照明、メークアップアーチスト、ディレクター、そしてカメラマンなどロケ隊を編成して写真を撮るようになってきた。秋の涼風が心地よい季節になると公園、例えば浦東の陸家嘴にある公園では、十数組のカップルが遠めにも華やかな衣装を着て順番を待っている光景を見かける。これを見て日本人で驚かない人はいないだろう。
朝8
時にスタジオ入りして(この言葉自体が既に俳優である)本日のスケジュール説明、メーキャップ後室内撮影、昼食もそこそこに終わってすぐロケに出て、戻ってから化粧落としをして帰宅までなんと8時間近くを要するとは二度びっくり!終われば5時になっている。さらにこれら費用が平均3,500元(1元=約14円)、月に一組は最高のプランを選択するらしいが、これでいくと7,000元、日本円約10万円と聞いてまたびっくり!上海の平均月給は1,200元ですぞ!
さらに写真撮影が終わってもカットの選定などの作業も残されているし、何よりまだ披露宴もしなければならない。
披露宴、これも少し日本と違う手順でたどり着く。日本の場合、写真撮影は婚礼、披露宴とセットで行うのが通例だが、上海では全く別のものと考えられている。二人の結婚合意が決まってからの最初の共同作業は、ウエディングケーキの入刀ではなく、写真撮影という意識がある。それから記念のアルバムが出来上がり、これを親しい朋友、親戚など身内に披露した後、やっと友人、知人合わせて50人から80人ぐらいの披露宴を執り行う、という段取りを踏む。この間3〜4カ月、長いカップルでは1年を費やし、やっとのことで華燭の典を迎える。大抵は中国式で1テーブルに約10名。これを10卓から15卓というのが主流。値段を見積もると1卓1,500元見当で1万5千元から2万元。宴は約3時間続く。友人や親族からのお祝いの言葉や十八番の歌、演芸で盛り上がるのは日本と同じらしい。そして中国特有の「乾杯!」の嵐…。新郎は酒が強くないとこれに悩まされる。参加者は大いに飲み、食べ、異口同音に二人を祝福する。普段は静寂なホテルでも宴会場だけは別世界である。さすがにその後は記念旅行に出掛けるが、今の人気旅行先はタイ、シンガポールなどが多いらしい。さて現実は写真撮影からここまでの費用概算は3〜4万元以上、まだ家や家具などは計算に入れていない。これからがまた大変な費用と苦労が待っている…。
費用分担は人によって異なるのは当然だが、一般的には男性側が負担する。男性側はこの他、二人の新居の確保が必要で、こうしてみるとワタベを訪れるカップルは、目を輝かせて衣装やアルバムをうっとりと選ぶ女性を尻目に、男性の口許からは微笑みの中に溜息が聞こえてきそうだ。
近年、上海ではこのようなサービスに対する需要が高まってきた。いわば精神的充足への欲求、より付加価値の高いモノへの移行が現れてきた。これも経済的発展の証かもしれない。
ワタベには1日約25組のカップルが来店し、二人の将来の夢を実現させようと係員に相談を持ちかけている。彼らカップルにとってこれからの経済的な負担はかなり大きいものがあるが、訪れた彼らにはあらゆる難関を乗り越えて永久の幸せを掴んで欲しいと心から願う。
(上海事務所 次長 堅田進一) |