一時帰国で大阪に戻ってみると今年は上海より暑い、と感じた。すでに朝夕は爽やかな涼風が吹いている上海ではこれから一年で一番いい時期を迎える。
中国で最も豊かな都市の一つに挙げられるここ上海では、休日になると人々はショッピングやレジャーに興じるようになった。NHKでも報じられているように街には最新流行のファッションで着飾った若い女性が闊歩する上海。立ち並ぶ高層マンションで上海の人々は毎日、夫婦そろってたくさんの中華料理を作り、招興酒で乾杯し、大型テレビを前にしてリビングで一家団欒をとっている…。そんなイメージを持つ人も多いだろう(招興酒は一部の地域を除き、あまり飲まれていない。日本人の誤解である)。
しかしその分、昔を懐かしむ人は、その姿を中国らしさが失われた、と嘆く声も少なくない。ところが自分の足で上海の街、特に豫園や浦東のあたりを歩くといやいやまだある、たくさん上海らしさが残っているのだ。
上海の1日
中国の朝は早い。7時には出勤する人々に混じって家の前で机を出して朝食を取っている人もいる。路上で椅子に腰掛け、居眠りをする老人は昨晩、よく眠れなかったのだろうか。パジャマ姿でトランプやマージャンをしているグループは、夜勤明けか非番か?戦況を覗きたくなる。テントを張り、歩道に簡単なテーブルと椅子を備えて油条(揚げパンの一種)や饅頭を用意して出勤途上に食べる人々に振舞っている店は朝から忙しそうだ。
上海の住宅事情は随分良くなって、1999年の調べでは一人当たりの居住面積として10.2・を許可されるようである。大抵が3人家族のため30.6・(10.2・×3人)の面積までを市が用意してくれるが、実際はまだその基準に達していないところも多く存在している。狭いので、部屋の中にいるよりも外の方がずっと涼しいし、開放感を味わえる。
昼は長い。11時半頃から昼ご飯の準備が始まる。だがよく見ると食事の量はそんなに多くない。日本にある仕出屋の弁当と変わらないようである。大食漢に見える中国の人々は日常、意外にもさっと昼を済ませる。外ではスプーンと鋼製の皿を持って移動惣菜屋さんを取り囲む人の姿を多く見ることができ、また子供達も学校から一旦食事に帰ってくるので街はまた、にぎやかである。終わると始業の1
時頃まで昼寝をする。外でも芝生や簡易ベッドなどに寝転んでの休息。時間が来て、暫し放心状態、やっと1 時半頃から本格的に再始動、となる。
夕方の退勤時間は早い人なら4時半。朝が早い分、終わる時間も早い。そのためレストランも5時頃から客が入り始め、6時にはほぼ満席となる。街では朝同様、歩道にテーブル、椅子やコンロなどを持ち出し、近所の人も加わって団欒が広がる。準備の間のひと時を夕涼みしてくつろぐ人、食器を運ぶ子ども、近所を散歩する老人など、街は多種多様の人で真ににぎやかである。路上では勤め帰りの人を目当てに、古着(新しいのかな?)を広げて商売する人、簡単な台を置いて夕刊を売る少女、さらに羊の肉の串焼きを売るイスラム系の人がせわしなく串を返していたり、お好み焼きのようなものを売っている人がいたりして歩道は歩きにくいがこれはまだ序の口。中古の冷蔵庫や洗濯機を並べて売っている店なんかがあるともう車道を歩くしかない。
この中古電器屋では商談が成立すると店員が客が乗ってきた自転車の側面に買った品物を実にうまく括り付けてくれる。客はその帰り道、片方の重量に匹敵する分を自分の身体を反対に目一杯倒して自転車を操縦(?)する。こうなると曲芸である。最初にこの光景を目撃したときは我が眼を疑った。お見事!しかしそうまでしなくても…、との思いが頭に浮かぶが、新品の冷蔵庫は安くてもスーパーで1,500元(1元=13円)、上海の平均月収約1,200元余りではかなり割高であろう。背に腹はかえられぬ。
珍しい商売
バス停の傍では早くて安いことを売り物にしているバイクタクシー(もちろん非合法)が数台たむろしている。これも珍しい商売であるが、もう一つ、交差点付近に空気入れを立てて座っている人、つまり自転車の空気入れ屋さんがいる。なにせ空気入れ以外は何もないのだ。いくらか?と聞くと一回2角、日本円で3円弱。この程度なら払う方が面倒な気もするが、チリも積もれば、の例えも生きてくる。普通はパンクも直す修理屋さんが多いが、時々こういうわかりやすい商売も見かける。パンク修理は1元。自転車が多い国らしい光景であるが住宅地が密集する所のお馴染みの光景。実に活気に溢れ、たくましい限りである。
郊外で暮らす
今も上海市内では人口密度6万人という超過密地区がある(大阪府は約4千人)が、上海市の都市計画では、2015
年までに市内の旧市街住居地域を内環状線の外側に移転させ、一人当たりの居住面積を16.7・まで拡大し、新たに約187万戸の住宅を建設するという。そのため人々はより快適な暮らしを求めて郊外へ引越し、徐々にこのような光景も少なくなってきた。最近の調査によると、ここ10
年で150万人の人々が郊外へ移転したといわれている。
通勤途上、いつもの街を通っているとある一角の片方が完全に取り壊されていた…。え?いつの間に…。ここもしばらくすると鮮やかな彩りの高層マンションが建つのだろう。緑を取り入れ、小さな公園と遊歩道を整備し、コンビニを設置した閑静な新興住宅街に生まれ変わる。路上で楽しそうにおしゃべりをしていたおばさんやマージャンをしていたおじさん、麺をうまそうにすする青年、白黒テレビを観ていた小姐、安楽椅子で涼を取るおじいさん、団扇で扇ぎながら通りを眺めていたおばあさん、半ば裸で走り回っていた少年、入口に腰掛けて宿題をしていた少女…。
彼らの姿は、ここにはもうない。
(ロッテルダム事務所 次長 大野 広) |