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上海における流通事情
愛知学院大学 経営学部 教授 北洞 忠宏
 
 さる、平成12年3月5日から8日に上海市において、愛知学院大学経営学部教授北洞氏が上海の流通事情について調査した。そのレポートを紹介する。

 現在、上海では、アジア金融通貨危機による輸出の伸び悩み、国有企業改革に伴う失業問題の深刻化が消費者の購買意欲にマイナスの影響を与え、衣料、家電、日用品等広範な分野にわたる生産過剰で価格競争も激化している。また、中国で「連鎖店」と呼ばれるチェーンストアが低価格、長時間営業、豊富な品揃えなどで消費者の人気を集め、急成長し、上海では小売総額に占めるチェーンストアの売上高の比率が15%まで上昇し、流通革命の入り口まで来ていると言われている。4日間の短い上海滞在の印象とその後、日経等の新聞や上海の情報誌である上海ウォーカー、龍谷大学の川端氏の著作等で得た情報をもとに、流通革命の時期に入ったといわれる上海における流通事情を、企業の経営戦略を中心にしてまとめてみた。
 1990年代における上海市場の爆発的拡大は次のように説明できよう。即ち、「平均所得の増大と市場の拡大の関係」を示した下図によると、図のYAからYBへと平均所得が上昇すると、それぞれの時点の所得分布において、ある製品の購入が可能となる限界所得よりも右の部分の面積(従って、顧客対象となる市場)は平均所得の上昇以上に飛躍的に増大する。上海のデータではないが、中国の1人当たり平均所得は1992年の396ドルから1995年の564ドルまで、3年で約1.4倍に急上昇した。また、中国の都市住民の年間可処分所得が平均5,000元であるのに対して、上海は8,500元で、約1.7倍であり(1997年)、さらに、上海の人口が1998年末で1,464 万人であることを考えると、上海市場はとてつもなく魅力的に見えてくる。しかし、1元を15円で換算すると、上海でも年間可処分所得は約13万円、月にすると約1万円で
あり、特に日用品に対して消費者は価格に敏感にならざるをえない。このような価格に対して敏感な層に対して低価格戦略をとって成功している企業に「ロータス」、「カルフール」、「サントリー」がある。これらの企業が市場に受け入れられるためにどのような工夫をしたかをまず述べる。他方、上海の経済的発展と共に所得が上昇し、顧客対象となる所得上位層が拡大したが、このような層に対して差別化された製品を提供して成功している企業に「伊勢丹」、「上海第一ヤオハン百貨店」、「イトキン」がある。これらの企業がなにによって差別化しようとしたかまず述べ、つぎに、その問題点について述べたい。

(1)低価格戦略
 最近、タイのチャロン・ポカパンから英国スーパーのテスコに売却された「ロータス」は上海進出に当たって、消費者への訴求点を「安さ」の一点に絞り込んだ。販売する商品を中級品から低級品に統一し、品揃えを豊富にし、消費者に選択の楽しみを提供した。「天天低価(毎日安売り)」、「毎天都省銭(毎日お買い得)」と書かれた大きな看板を掲げ、店の前に巨大な駐輪場と駐車場を完備し、車社会をイメージした店舗設計になっている。売場面積1万5千g、1階は食料品、2階が衣料品、日用品、電化製品を販売している。取り扱いアイテムは3万点にも及ぶという。棚の食品は売れ筋毎に間口が決められて4m 程に積み上げられ、2m 以上の部分は補充品置き場となっている。通路の狭さとあいまって、見た目に圧倒的な在庫の豊富さと賑わいを印象づけている。安さと豊富な品揃えをコンセプトにした「ロータス」の上海進出戦略は大成功であったようである。
 また、フランスのハイパーマートの「カルフール」は上海の大手スーパーの聯華超市と合弁で上海に進出し、価格の安さと品揃えの豊富さを武器に中国の消費者を集めてきた。広い通路と2m 程に積み上げられた棚は「ロータス」程には在庫の豊富さを訴えないが、しかし、混雑時に大きなカートでも買物がしやすいように工夫をされている。「カルフール」は商品調達センターを建設し、仕入を集中化し、調達コストを下げるようである。既に取り扱い商品の約9割を中国国内で調達しているが、センターの開設後は一段と現地化を進めるそうだ。価格競争が激化し、赤字に苦しむ外資系スーパーが多いなかで、「カルフールの一人勝ち」との声も出ているそうである。
 「サントリー」は上海人の好みを調査し、清爽口味(清らかで爽やかな口ざわりの)ビールを開発し、ビール市場の約6割を占める2〜3元の大衆ビールに集中した。サントリーはビールの6割を販売している4万店の日用雑貨店に注目し、小規模卸の組織化を行うことによって、雑貨店流通、即ち、大衆ビールを最も低コストで消費者に提供できる新しい仕組みを作り、このような流通革新により、上海でシェアがトップの企業になった。

(2)差別化戦略
 「伊勢丹」は1993年に日系百貨店の先陣を切って上海の淮海路に開店した。4階建ての店舗は5,400gにすぎないが、得意とするファッション衣料に絞り込んだ品揃えで上海の若い女性をとらえた。1994年には上海経済の発展に寄与したため上海市の「白玉蘭賞」と日本経済新聞の「優秀先端事業所賞」を受賞している。1997年には南京路に大型の2号店、上海梅龍鎮伊勢丹を開店した。地元の百貨店に比べて、きれいで明るい店舗に、高級ブランドではないが、日本でもよく目にする手頃な値段と流行を取り入れたブランド品を取り揃え、センスのある陳列とお揃いのユニホームを着た礼儀正しい従業員によって、高級感と先端性を売り物にして成功した。
また、1995年に開店した「上海第一ヤオハン百貨店」はアジア最大規模の百貨店で、営業面積が10万g もある。開店当初の店舗構成は1階がカーショールームと世界の一流品、2階から4階までが女性・男性用服飾、小物、スポーツ用品、5階が中国工芸品と子供用品、6階が家庭用品と電気製品、文具、家具、7階がスーパーマーケット、8階がレストラン街、9階がファーストフード店、10階がアミューズメントセンターとなっていた。小売りのみならず、飲食、娯楽施設を取り込んだ中国の最初の総合百貨店としての評判を作りあげた。ヤオハン・ジャパンの倒産で上海第一百貨店が営業を受け継いだが、浦東地区の発展とともに、売上は順調に伸びており、単店舗としては南京路の第一百貨、新世界百貨についで第3位の売上高をあげているそうである。
 早くから「ELLE」ブランド等で中国市場に参入し、中国の若い女性を魅了してきた「イトキン」は上海中心部の南京路に大型ファッションビルを開店した。アジア経済危機で中国での日本ブランドの神通力が低下するなかで、日本で販売する商品と同じパターンを使いつつ、素材を日本製より5割安い中国製に代えた商品を増やして、消費者が買いやすい商品を増やしたり、自社ブランド中心の戦略を転換して、台湾、シンガポール等のブランドを導入したり、元女優の中国人デザイナー、チャオ・ヤミン氏を起用して、婦人服の新ブランド「YA MIN」の展開に乗り出したりして、現地化に努めている。
 これらの差別化された企業は差別化という点では成功しているが、所得上位層を狙った外資系企業の進出による競争激化に対処することと、差別化に見合った価格、即ち、高級すぎて買いづらくならないように、値頃感を出していく必要がありそうだ。
(愛知学院大学 経営学部 教授 北洞 忠宏)

 

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