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上海で生活する
−外国人のふとした疑問−
上海事務所 次長 堅田 進一
発展する上海
 旧暦の正月(春節)を重んじる中国でも今回のミレニアムは世界主要各国と同様に盛り上がりを見せていた。ここ上海でも12月31日から1月1日にかけては外灘などでのカウントダウンをはじめ、イルミネーションやお得意の爆竹で西暦2000年の到来を祝う行事が開催された。
 古くから国際色豊かな上海ではあるが、ここ10年間の変貌ぶりはテレビ等マスコミを通じて内外に広く知れ渡っており、我々も何度かレポートした。特に浦東地区の発展は上海人も驚嘆するほどであるが、そもそも浦東という名称は、上海市域を南西から北東にかけて豊かな水量を長江河口に注ぐ「黄浦江」の東を意味している。中心部から見れば東方に位置する浦東であって、浦東に対して浦西という呼び名はいままで存在しなかった。
 事実、上海人達(主に中心部の人々)は、浦東の発展が際立ってきた頃、「浦東の部屋より浦西のベッド」と揶揄して浦東への移転を敬遠していたが、またこの時期に浦西という表現が一般的になったのであろう。浦東の発展とともに浦西という呼び名も広がってきたというわけである。
 上海市人民政府は浦東の発展を期して諸政策を施したが、同時に人、モノがどの様にすれば浦東側に円滑に流れるかを考えたようだ。それまで浦東側への移動は船での渡しのみであった。いまでもこの黄浦江には至る所にこの渡し船が頻繁に行き交う。渡し船の乗船料は1元前後でまさに浦東の人々が上海に(少し前までは市内中心部を「上海」と呼んでいたそうだ)出掛けていくのに大変便利で安価な庶民の足であった。これは浦東の住民が上海、すなわち中心部へ行くことを念頭に置いたシステムになっている。つまり浦東からはタダ、帰りに市内側で乗船料を支払うという手法をとっている。
 ところが浦東の開発を進める上でいつまでもこの渡しだけに頼っているわけにはいかない。政府は浦東開発の一貫として、市内中心部から浦東への大量流出路を検討することになる。
 1989年5月、延安東路トンネル2,261mが完成、2車線の自動車専用道路としてはじめて浦東と中心部が結ばれた。以来、2年後の6月に中心部南側に打浦路トンネルが完成、同年12月には総工事費8.2億元を投じて全長8,346m、当時、吊り橋としては世界一の長さを誇る南浦大橋が完成し、文字通り浦東との架け橋を築いた。その後1993年には北側に7,658mの揚浦大橋、1996年の延安東路複線化、そして最南端に1997年の徐浦大橋5,994.6mの建設をそれぞれ終え、ほぼ等間隔に浦東にかかるこれら架け橋は、5カ所(トンネル2カ所、大橋3カ所)となった。今や浦東への移動手段であるこれら架け橋は、1999年10月完成した浦東新空港等にとって必要不可欠なものとなっている。

ふとした疑問
 何故、浦東、浦東と強調するかというと、これら架け橋の通行料金徴収システムが実は政府の思惑通り、人、モノが浦東に移動しやすいようになっている。すなわち渡し船とは反対の手法である。
 これら架け橋の通行料金は5カ所とも乗用車15元(1元=13円)、大型車40元等々。しかし中心部、浦西から浦東へ流入する自動車はなんの支障もなく通行できるが、浦東から浦西へ引き返すときにはすべて浦東側に設けられた料金所でこの通行料を取られるというシステムである。これでは浦東へ行くのはいいが、帰ってくるのをためらう、いわば「とおりゃんせ」の歌の文句が頭に浮かんでくる。また当然、浦東へ行くにも浦西に行くにも歩いて渡し船を利用する以外、必ずこの架け橋を往復するわけだから片道だけ利用するという人はまずいない。一見、浦東に行くのには便利なようだが、よく考えてみるとなんだかだまされたような気がする。
 上海市当局もこれについて一応合理的な説明をしている。つまり徴収された通行料はこれら架け橋に対する建設費償還に充てるもので、浦東、浦西の問題ではない、両側にそれぞれ料金所を設け、7.5元ずつ徴収する(乗用車の場合)方法では、人件費、通行の混雑を考えると得策ではない。ごもっとも。また確かにバスに乗ればこの通行料を取られることもないし、いやなら渡し船で行けということなのだろうが。しかし、では何故すべての料金所は浦東側にあるのか、だから浦東から浦西に行く道路がみんな混雑するのだといいたくなる。
 実は疑問はこればかりではない。タクシーで浦東へ移動した場合、いままで述べたシステムに従うと通行料はタクシー料金には加算されず、本来乗客はメーターどおりの料金を支払い、領収書をもらって、「はい、ご苦労さん」と浦東で下車すればいいわけである。ところがそうすると浦東側へ行くタクシーは帰りの通行料の自己負担を嫌い、結果的に浦東への乗車拒否が頻繁に発生する恐れがあるため、タクシードライバーは浦東へ行く際には帰りの架け橋通行料を請求することができる。だがこれと同じく浦東から浦西へ行く(戻る)乗客もまた、タクシーに乗車すれば今度は正規に通行料を負担することになり、結局タクシードライバーは両側で通行料をもらっているわけである。
 すなわち黄浦江の両岸を移動する乗客は往復で30元の通行料を収めていることになる。これはなんとも納得のいかない話ではないか。上海のタクシーは初乗り2kmが10元で、30元といえば黄浦江西側の外灘から市内西側、空港近くの虹橋地区まで十分に行ける金額である。昨年末、上海で発行されている英字紙にこの通行料が高額すぎるという記事があったが、全く同感であり、加えて前述の疑問がある。
 浦東へ、浦東へと経済発展が拡大され、明けた2000年も引き続き成長率10%を目標に上海は伸びていくだろう。それを担う5つの架け橋は、今後もこの役割の一端を担う重要な公共施設として位置づけられている。この重要な公共施設に意外な矛盾が存在していることは、上海市民や在住の外国人にはあまり知られていないのか、はたまたつまらぬことにこだわる一人の日本人の戯言なのか。
 今日もタクシーに乗って浦西へ向かう途中、相変わらず通行料を払いながら思うのである。「ねぇ運転手さん、さっきのお客さんは帰りの通行料払わなかった?」
(上海事務所 次長 堅田 進一)

 

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